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第8話 ランニング・ロジック ―45歳PM、走る趣味を実装する― 第三章:低負荷運用への切り替え(LSD理論の実践) その2

ゆっくりな勇気

走り出してすぐ、私は強烈な違和感に襲われた。

たいち
たいち

……遅い。これでいいのか?頑張っている感じもしない。

 意識して、歩幅を小さくする。厚底シューズのせいもあって、足もまだ疲れていない。ついスピードが出そうになるのを、あえて抑え込む。動画で言っていた「ニコニコペース」。笑顔でおしゃべりができる速度。それは、私の感覚で言えば「ほとんど歩いているのと変わらない」速度だった。

 その時だ。背後から「チリンチリン」という音が聞こえた。ママチャリに乗ったおばあちゃんが、私をゆっくりと追い越していく。

 以前の私なら、屈辱を感じていたかもしれない。  「ランニングをしているのに、ママチャリより遅いなんて」と、無意味な対抗心を燃やしてペースを上げていたかもしれない。

 だが、今の私には「LSD」という大義名分がある。

たいち
たいち

俺は今、毛細血管を開発している最中なんでね。理由のあるトレーニングをしているのさ。

 心の中でそう呟くと、不思議と焦りは消えた。むしろ、自分のペースを乱さずに制御できている自分に、プロフェッショナルな余裕すら感じていた。

 5分、10分。。。。いつもなら息が上がり、胸が苦しくなり、「もう帰りたい」と時計を睨みつける時間帯だ。  しかし、今日は呼吸が全く乱れない。  足の痛みもない。  それどころか、体がポカポカと温まってきて、一定のリズムを刻むのが心地よく感じられる。

 ふと、顔を上げる。  夜空に月が出ているのが見えた。  道端の紫陽花が、街灯に照らされて鮮やかに咲いているのに気づいた。

たいち
たいち

……あんなところに、花が咲いていたのか。

 ここ数日、地面と時計の数字ばかり見ていて、景色なんて全く見ていなかったことに気づかされた。  風が気持ちいい。夜の空気が美味しい。  走るって、本来はこういうことだったんじゃないか?  苦しみに耐えることではなく、自分の体を前に運ぶ単純な喜び。  私は自然と笑みをこぼしながら、夜の街を「ゆっくりと」しかし着実に進み続けた。

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